2010/02/05

統合的ゲノミクス分析によって同定された、膠芽腫の亜型

Integrated Genomic Analysis Identifies Clinically Relevant Subtypes of Glioblastoma Characterized by Abnormalities in PDGFRA, IDH1, EGFR, and NF1

統合的ゲノミクス分析によって同定された、PDGFRA,、IDH1、EGFRおよびNF1遺伝子異常を特徴として持つ、臨床的にも有用な膠芽腫の亜型

Cancer Cell. 2010 Jan 19;17(1):98-110.

要旨

多形性膠芽腫(GBM)細胞において頻繁に認められるゲノム異常の一覧を、癌ゲノムアトラスネットワーク(The Cancer Genome Atlas Network)が、最近報告した。我々は、遺伝子発現に基づいた強力な方法によって、GBMを前駆ニューロン系(Proneural)、ニューロン系(Neural)、古典系(Classical)、間葉系(Mesenchymal)に分子生物学的に分類した。さらに、複数の種類のゲノミクスデータを統合し、がん細胞の遺伝子変異とDNAのコピー数変化のパターンを確立した。EGFR、NF1、PDGFRA/IDH1遺伝子の異常と発現パターンによって、それぞれ古典系、間葉系、前駆ニューロン系の各亜型が規定される。正常脳組織の遺伝子発現の特徴から、GBM亜型と各経組織系統との強い関連が示唆された。さらに、より強化された治療法に対する反応は、亜型ごとによって異なり、そのような治療は、古典系でもっとも有益である一方、前駆ニューロン系では有益性をみとめなかった。我々の研究によって、GBMの分子生物学的層別化のために、ゲノミクス(遺伝子構造の網羅的解析)とトランスクリプトミクス(遺伝子発現の網羅的解析)を統合する、今後の研究に重要な示唆を与える基盤がつくられた。

意義
本研究は、これまでのGBM分類研究を進展させた。既知の亜型とNF1、PDGFRA/IDH1という特有の遺伝子異常を関連付けた。また、EGFR異常と正常p53を特徴とする亜型を含めた、2つの新たな亜型を同定した。さらに、亜型は組織発生学的な特徴を有し、最近のマウスによる研究結果とあわせて、腫瘍の起源となる別の細胞の存在を示唆している。これらをあわせると、本件急は標的治療の研究の基盤を気づいたといえる。テモゾロミドと放射線療法による、膠芽腫の一般的となった治療は、生存率の有意な増加ももたらした。分析結果によると、強力な治療による、生存率の改善は亜型によって差があり、古典系と間葉系でみられる有意な死亡までの期間の延長効果は、前駆ニューロン系では認められない。


コメント
複数のゲノミクスを統合的に分析し、より正確な分子生物学的分類を行い、さらに生物学的な特徴を見出して、あらたな治療に結びつける試みは、現代の癌研究のメジャーな手法として定着した。本研究は、成人GBMを対象にした研究であるが、小児のハイグレードグリオーマへの応用は十分に可能である。各亜系に特徴的な遺伝子異常や発生学的背景から、標的治療の臨床試験を選択された患者群で行えば、標的薬を効率よくスクリーニングし、臨床現場に投入することが可能になる。一方で、小児脳腫瘍な稀な脳腫瘍をさらに細分化していくと、各亜型の患者発生数が非常に少なくなり、単一施設や小規模な共同研究では、臨床試験が困難になるという懸念がある。小児がんの分子生物学的分類の研究を進める一方で、国際的な超多施設共同研究の枠組みを、構築していかなければ、せっかくの知見が臨床に応用されないということになる。

リンク:http://bit.ly/aajSj3

頭蓋咽頭腫に対する手術療法

Efficacy and safety of radical resection of primary and recurrent craniopharyngiomas in 86 children.

積極的に根治手術を行った、原発性および再発性小児頭蓋咽頭腫86例における、効果と安全性の検討

J Neurosurg Pediatr. 2010 Jan;5(1):30-48.

目的

原発性および再発性頭蓋咽頭腫の最適な治療法について、まだ議論が分かれるところである。積極的な根治術と、限局的な摘出術に放射線療法を組み合わた治療法では、病勢コントロール率および生存率は同等である。再発性腫瘍に関するデータは非常に少ない。著者らは、原発性および再発性小児頭蓋咽頭腫に対する、積極的根治術の経験を報告し、両群の治療結果を比較した。

方法
1986年から2008年にかけて、上席著者によって合計103回の頭蓋咽頭腫摘出術が行われた、21歳未満の患者86人を対象に、後方視的解析を行った。すべての患者に対して、根治を目指した摘出術が治療方針であった。経過の追跡が不可能であった2人は解析から除外した。手術時の平均年齢は9.6歳、平均観察期間は9.0年であった。

結果
原発性腫瘍の患者57人全員に対して、肉眼的全摘術(gross total resection, GTR)が行われた。再発性腫瘍の患者で、GTRが行われた率は、優位に低かった(29人中18人、62%)。3人の患者が周術期に死亡した(3%)。GTR後、71人中14人(20%)において腫瘍の再発を認めた。著者らの施設への初診時に原発性腫瘍を認めた患者群は、全生存率および無病生存率が、優位に高かった。神経学的、内分泌学的、視機能的、および機能的予後については、原発性腫瘍群と再発腫瘍群の間に、 優位な差は認めなかった。全生存率および無病生存率を悪化した要素は、亜全摘(再発腫瘍群のみ)、5cm以上の腫瘍径、水頭症の合併、脳室腹腔シャント(VP shunt)の必要性であった。放射線療法の既往と腫瘍サイズはともに、再手術時の不完全摘出のリスク要因であった。

結論
頭蓋咽頭腫の手術に熟達した脳外科医による初発時点での積極的な根治術によって、病勢コントロールと治癒のもっとも高い可能性が得られ、副作用と後遺症も許容範囲であると、著者らは考える。再発性腫瘍において、GTRを行っても再発の可能性は残り、GTRを得るのは、とくに大きくて放射線療法の既往のある腫瘍において、より困難であるが、それでも再発性頭蓋咽頭腫に対して、積極的根治術は可能であり、副作用と後遺症のリスクも原発性腫瘍に対する手術と同等である。

コメント
単一施設、単一術者からの、20年以上にわたる頭蓋咽頭腫に対する積極的根治術を徹底的に治療方針とした成績報告である。前頭側頭開頭(pterional approach)による治療成績は非常に良好で、本腫瘍の治療に基本が手術療法であることに異論はない。腫瘍の大きさや位置、発症時の症状などによって、最適な治療法や術式を理論的に述べることは可能である。しかし、現実的に本腫瘍のような稀で手術の難易度が高い脳腫瘍の治療は、施設や術者の経験に依存することが多い。異なる治療法や術式を比較する、臨床試験を行うことは、現実的ではない。

しかしながら、新しいアプローチや治療法が本腫瘍には必要である。腫瘍が組織学的に良性であるため、生命予後は良好であるが、再発を繰り返す患者や、治療後の後遺症に悩む患者は少なくない。現在の放射線治療や化学療法による治療には限界があるが、非侵襲的で副作用の少ない治療法の開発へのたゆまぬ努力は続けなくてはならないであろう。良性腫瘍であっても、腫瘍の生物学的特性を研究し、特異的な薬物療法を探求することも、今後の重要な課題であろう。

リンク: http://bit.ly/d13ppu

2010/02/03

頭蓋内胚細胞腫瘍に対する、化学療法

Primary chemotherapy for intracranial germ cell tumors: results of the third international CNS germ cell tumor study.

頭蓋内胚細胞腫瘍に対する、化学療法を中心とした戦略:第3期国際中枢神経胚細胞腫瘍治療研究の結果報告


Pediatr Blood Cancer. 2010 Mar;54(3):377-83.

背景
中枢神経系の胚細胞腫瘍の治療に関しては、まだ議論のあるところである。本研究の目的は、化学療法単独による治療の効果と、副作用などの影響を、放射線療法と比較して、明らかにすることである。

方法
2001年1月から2004年12月の間に、新たに中枢神経胚細胞腫と診断された患者が、リスクに応じて階層化され、異なった2種類の化学療法レジメンで治療された。4ヶ月から24.5歳までの25人の患者が階層化された。シクロフォスファミドとエトポシドの2剤組み合わせと、カルボプラチンとエトポシドの2剤組み合わせを交互に合計4-6サイクル行うレジメンAは、限局性で髄液と血液中の腫瘍マーカーが正常値の胚腫(ジャーミノーマ)の低リスク群(LR)に対して行われた。一方、カルボプラチンとシクロフォスファミドとエトポシドの3剤組み合わせを、合計4-6サイクル行うレジメンBは、髄液または血液中のβHCG値が上昇しているが50mlU/ml以下のジャーミノーマの中間リスク群(IR)と、非ジャーミノーマ性悪性の要素が生検で証明されたMMGCT群、髄液または血液中のアルファフェトプロテイン(AFP)が陽性の群、髄液または血液中のβHCG値が50mlU/m以上に上昇している群からなる高リスク群(HR)に対して行われた。

結果
11人の患者がLR群、2人がIR群、12人がHR群に階層化された。17人(68%)において、2コースの化学療法後に、19人(76%)において2コースの化学療法後に、画像上の完全寛解および、マーカーの低下が観察された。11人が中央値30,8ヵ月後に再発した。そのうち8人が再発後に放射線療法を受けた。6年無病生存率および生存率は、それぞれ45.6%と75.3%であった。

結論
本研究で行われた集中的化学療法レジメンは、放射線療法を含んだ治療レジメンよりも、治療効果が低いことが証明された。現時点において、中枢神経胚細胞腫瘍の標準的治療は、純粋なジャーミノーマにおいては、放射線療法を、単独治療または化学療法の併用のどちらかのかたちで、含むレジメンであり、非ジャーミノーマでは、放射線療法と化学療法の併用レジメンである。

コメント
化学療法に対して感受性の高い胚細胞腫瘍を、放射線療法なしで治癒ようとする試みは、本研究においても不成功であった。放射線治療は非常に有効で、短期的には安全な治療法でもあり、現時点で標準治療であることは異論がない。しかし、成長期の脳の中心に高い放射線量を与えることによる、知能や情緒への長期的な影響は非常に懸念される。とくに、放射線治療による生存率が90%を超えるジャーミノーマにおいて、一部の患者で放射線療法が不要なことは、証明されている。しかし残念ながら、治療前にどの患者に放射線治療が必要かという予測は、現時点で不可能である。臨床研究だけで、この問題に答えるのは限界である。生物学的な研究を進め、本腫瘍の性質を解明し、臨床データと照らし合わせて、放射線治療が不要な群の予測することとと、副作用の強い細胞障害的化学療法に代わる標的薬を発見することが、今後の課題であろう。

リンク:http://bit.ly/bByFDz